皆さん、こんにちは。
株式会社property technologiesが設立した不動産テック研究・開発組織 『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』所長の清水千弘です。
前回(第3回)では、住宅には二つの価格がある、という話をしました。ひとつは「住む価格」である家賃。もうひとつは「持つ価格」であるユーザーコスト。そして、摩擦のない理想状態(ベンチマーク)では、家賃とユーザーコストは一致する。つまり本来、借りるか買うかは、同じ土俵で比較できるはずだ――というところまで整理しました。
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マンションの価格は下がることはないの?
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ところが現実の住宅市場では、家賃とユーザーコストが長いあいだズレ続けます。しかも、そのズレがある時期に一気に拡大し、それが「高騰」として私たちの目に映ります。第4回は、その“ズレが大きくなる瞬間”に何が起きているのかを、できるだけ分かりやすく言葉にします。
テーマは三つです。
第一に、期待はどこから生まれるのか。
第二に、期待はいつ崩れるのか。
第三に、だから「マンション価格の高騰は続くのか」を、あなたが自分の頭で考えるには何を見ればよいのか。
結論を先に言うと、住宅価格の高騰が続くかどうかは、占いのように当てるものではありません。
当てるのではなく、観察すべきものを整理するのです。あなたがその視点を持てば、「なぜ今高いのか」「何が変われば流れが変わるのか」を、理由つきで説明できるようになります。
Contents
「ズレ」とは何か――まず骨格を思い出す
第3回の言葉で言えば、「ズレ」とは次のような状態を指します。
▢ 「住む価格」=家賃
▢ 「持つ価格」=ユーザーコスト
この二つが一致している状態がベンチマークです。つまり、「ズレが大きい」というのは、家賃とユーザーコストがかけ離れているということです。
ユーザーコスト = 金利(資金コスト) + 維持費 + 減価(劣化) − 期待される値上がり
つまり、ユーザーコストを軽くするのは「金利が低いこと」と「値上がり期待が強いこと」です。逆に、ユーザーコストを重くするのは「金利が高いこと」と「値上がり期待が弱いこと」です。 ここで重要なのは、家賃が急に上がらなくても、ユーザーコストが軽く見えると住宅価格は上がり得る、という点です。
期待はどこから生まれるのか――三つのエンジン
エンジン①:低金利がつくる「買える」という感覚
低金利は、二つのルートで期待を押し上げます。ひとつはローン返済が軽くなり、「月々の支払いで見れば買える」と感じやすくなること. もうひとつは、ユーザーコストの金利部分が下がり、「持つ負担が軽い」と評価されやすくなることです。
注意したいのは、ここで起きているのは「家が突然良い商品になった」という話ではなく、「割引率が下がって、将来の価値が大きく見えるようになった」という話だという点です。割引率が下がると、10年後・20年後の価値を大きく評価できるので、今日の価格が高くても説明がついてしまいます。第2回で見たように、金利が1%動くだけで価値が数百万円動くのは、まさにこの感度の高さを表しています。
エンジン②:信用の拡大がつくる「もっと買える」という感覚
次に大きいのが信用です. 金融機関が貸しやすくなり、頭金のハードルが下がり、審査が通りやすくなり、借りられる金額が増える. すると「買える人」が増えます. 買える人が増えれば、需要が増え、価格は上がります。 ここで起きているのは、住宅そのものの価値が上がったというより、「買える人の母数が増えた」ことによる価格上昇です。
つまり、価格が上がることで担保価値が上がり、担保価値が上がることでさらに借りられ、さらに需要が増える、という循環が生まれます。期待は、この循環が順調に回っている間に強化されます。「上がっているから、もっと上がる」という見方が、市場全体に共有されやすくなるからです。
エンジン③:物語(ナラティブ)がつくる「将来も上がる」という確信
期待の三つ目のエンジンは、少し心理的に聞こえるかもしれませんが、実は市場を動かす力としてとても重要です。それが物語です。「この街は再開発で変わる」「ここは国際都市として伸びる」「海外マネーが入る」「人口が集中する」。こうした物語が広がると、「将来も高く売れる」という見込みが強くなります。
物語が強い局面では、「家賃は今のところ大きく上がっていない」といった事実が、価格を抑える力になりにくくなります。なぜなら市場は、今の家賃ではなく“将来の姿”を先に織り込もうとするからです。これが、家賃は横ばいなのに価格だけが上がる、という現象の背景になります。
では期待はいつ崩れるのか――崩れ方にはパターンがある
多くの場合、崩れ方にはパターンがあります。ポイントは、期待を支えていた三つのエンジンが逆回転することです。
パターン①:金利上昇が「持つ負担」を一気に重くする
金利が上がると、ユーザーコストの金利部分が上がります。つまり、持つ負担が重くなる。さらに、住宅ローンの返済負担が増えれば、買える人が減る。買える人が減れば需要が弱まり、価格は支えを失いやすくなります。
このとき重要なのは、価格が下がる理由が「家が悪くなったから」ではないという点です。 割引率が変わった。資金コストが上がった. 買える人が減った. それだけで、価格は下がり得る. これが、住宅が“金利に弱い資産”である理由です。
パターン②:信用収縮が「買える人」を減らす
景気が悪化したり金融機関の態度が変わったりすると、貸し出しが絞られます。審査が厳しくなり、借りられる額が減り、頭金が必要になり、「買える人」が減ります。これは需要の縮小なので、価格に効きます。期待は、買い手の層が薄くなることで崩れやすくなります。
パターン③:物語の修正が「将来も上がる」を弱める
最後は物語の修正です。再開発が思ったほど進まない、人口が増えない、供給が増えすぎる、地域の魅力が別の場所に移る。あるいは、社会全体の空気が「上がる前提」から「守りの前提」に変わる。こうした変化は、ゆっくり見えるようでいて、期待の上では急に効きます。
期待が崩れるときの怖さは、価格が下がることそのものより、「売却できると思っていた価格で売れない」という形で現れやすい点です。第2回で見たように、10年後に3,000万円で売れるという前提が2,500万円になっただけで現在価値が約400万円変わる。期待の変化は、あなたの意思とは関係なく、こうして価値に反映されます。
「高騰は続くのか?」を自分の頭で考えるための見取り図
見るべきもの①:割引率(=金利とリスク感)
最初に見るべきは割引率です。これは住宅市場の“重力”のようなものです。割引率が低いと、将来の価値が大きく見え、価格は高く正当化されやすい。割引率が上がると、その逆が起きる。まずここを押さえるだけで、相場の見え方が変わります。
あなたが見るべき問いは、「金利が下がるか上がるか」を当てることではありません。「もし割引率が上がったら、いまの価格はどれくらい説明が難しくなるか」を想像できるかどうかです。
見るべきもの②:期待値上がり(=将来の売却価格の確からしさ)
二つ目は、値上がり期待です。値上がり期待が強いとユーザーコストは軽く見え、価格は上がりやすくなる。反対に、期待が弱まるとユーザーコストは重くなり、価格は下がりやすい。
ここで大切なのは、「期待は外れることがある」と最初から織り込むことです。第2回で示したように、売却価格が500万円違うだけで価値が400万円動き得ます。ならば、あなたは“どの程度の下振れなら耐えられるか”を先に決めておくべきです。高騰が続くかどうかは、最後はあなたの家計の耐久力と結びつきます。
見るべきもの③:家賃とユーザーコストのズレ(=市場の緊張度)
三つ目が、この連載の中心である「ズレ」です。家賃が上がって価格が上がるのは、比較的理解しやすい。厄介なのは、家賃が大きく動かないのに価格が上がる局面です。これは多くの場合、割引率の低下と期待の強化でユーザーコストが軽く見え、「持つ方が得だ」と感じる人が増えることで起きます。
言い換えると、ズレが大きいほど市場は期待に支えられている。期待が続けば高騰は続き得る。しかし、期待が揺れたときの反動も大きくなりやすい。これが、ズレを見る意味です。
最後に:高騰は続くか、という問いの“正しい立て方”
ここまで読んだあなたなら、もう一段深い問いが立てられるはずです。
「高騰は続くのか?」は、実は一つの質問ではありません。正しく分解すると、こうなります。
▢ 割引率は、低いままなのか。上がるのか。
▢ 信用は、広がり続けるのか。絞られるのか。
▢ 物語は、強まり続けるのか。修正されるのか。
▢ そして、家賃(住む価格)は、その価格を支えられるのか。
この四つが同時に「はい」なら、高騰は続きやすい。どれか一つでも反転すれば、流れは変わり得る。
あなたがこの連載で手に入れるべきものは、予言ではなく、この分解と見取り図です。
次回も、ぜひ一緒に考えていきましょう。お楽しみに。
清水 千弘
PropTech-Lab所長
一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授等を歴任。
2022年1月より、当社グループ参画。社外取締役を経て、2024年7月より、当社研究・開発組織『PropTech-Lab』所長に就任。