住宅流動性と人生設計の経済学

第8回:人生に伴走する社会へ/AIと制度とPropTech-Labが描く未来―後編

目次

PropTech-Labが描く実装ビジョン

ここから、本連載最後の議論として、PropTech-Labの構想を改めて提示したい。第1回:プロローグで述べた四つの活動軸(研究・実装・提言・対話)を、これまでの議論を踏まえて具体化する。

 

研究:AIマップから始まる業務再設計

PropTech-Labの研究活動の核心は、不動産流通の業務を AI マップによって精緻に分解し、人間と機械の分業を再設計することである。清水・西村・浅見(2004)※で行った業務工程分析を起点として、AI が代替可能な領域、人間が引き続き担うべき領域、両者の協働が必要な領域を、タスク単位で可視化していく。

 

加えて、住宅市場の流動性、価格形成、サーチ摩擦、人口動態とのミスマッチについて、国際的な学術研究と日本の実証データを結びつけて分析する。バダリンザ・ラマドライ・清水(2021)の重力モデル※、ヒル・平野・清水の Beyond the Bubble※、井上・清水の Durable Mismatch※、鄧・井上・西村・清水の Too Many Houses※。これらの研究系譜の上に、PropTech-Labの研究は積み上げられていく。

 

実装:データ基盤からライフプラン・エージェントへ

実装の中心課題は、住宅市場に必要なデータ基盤の構築である。取引データ、立地データ、建物データ、住宅履歴データ、災害リスクデータ、人口動態データ。これらを統合的に管理し、消費者と事業者の双方が必要に応じて参照できるインフラを作る。

 

このデータ基盤の上に、AVM、リスク予測、レコメンド、契約自動化といった個別のサービスが構築されていく。最終的に目指すのは、消費者が自分のライフプランを入力すると、最適な住まいの軌跡を提案してくれる「ライフプラン・エージェント」である。結婚、出産、転職、介護、引退といったライフイベントを織り込んで、30年単位の住まい戦略を可視化する。これは第2回で示した「予測の補完財としての判断・行動」を、住宅市場の文脈で具現化する試みである。

 

消費者主権を守るPropTechの条件

ただし、ここで決定的に重要な留保がある。データ基盤とAI エージェントが普及するとき、誰がデータを持ち、誰が AI を運用するかが問題になる。サイス(2020)※が予言したように、PropTech の進展は「データ寡占の出現」をもたらす可能性がある。Zillow、CoStar のような巨大プラットフォーマーが、市場のあらゆるデータを集約し、価格設定アルゴリズムを通じて市場を支配する未来。

 

筆者は、住宅土地経済論文(清水, 2022)※でも論じたように、パーソナライズド・プライシングが市場の総余剰を縮小するリスクを警戒している。2018年11月のOECD消費者保護委員会・競争委員会、2022年6月のイタリア中央銀行での国連統計専門家会議でも、この問題は議題に上がった。不動産市場での電子取引は、市場の競争性を高めるよう機能することが期待されるが、その先には新しい歪みをもたらす可能性も視野に入れなければならない。

 

PropTech-Labが掲げる原則は、消費者主権である。データは消費者のものであり、AI は消費者の判断を支援するための道具である。プラットフォーマーが消費者を囲い込むのではなく、消費者がプラットフォームを使い分けられる仕組み。データポータビリティ、説明可能なAI、公正な価格設定、透明性の高い手数料体系。これらを制度として整備しなければ、PropTechは消費者の敵になる。

 

提言:責任あるイノベーションの社会設計

Stilgoe, Owen and Macnaghten(2013)の「責任あるイノベーション(Responsible Innovation)」※の概念は、PropTech-Lab の提言活動の中核に置かれる。新しい技術の導入が一部の企業や政府によって密室的に進められると、情報の非対称性が拡大し、社会的合意を得ることが難しくなる。これに対処するには、法制度を含む社会システムの整備、倫理基準の設定、社会的信頼を得るための社会デザインが要請される。

 

具体的には、不動産取引データの公開ルール、AVMの精度公開と説明責任、AI による審査の公平性監査、消費者保護法の AI 時代対応への改正。これらは PropTech-Labが政府・業界・学界と連携して取り組む提言領域である。

 

対話:本連載を含む発信活動

本連載そのものが、PropTech-Labの対話活動の一環である。学術論文では届かない読者層に、住宅市場の構造的問題、AIの可能性と限界、私たちが目指す未来を、わかりやすく、しかし妥協のない密度で伝える。読者からのフィードバックを受け、対話を深め、社会全体で「家は一生もの」という常識を更新していく。

 

本連載を読み終えた読者の皆様には、ぜひ自分自身の住まいと人生について、改めて考えていただきたい。そして、PropTech-Labの今後の活動について、共に対話を続けていただきたい。

 

若い世代へのメッセージ

本連載を結ぶ最後の節は、若い世代の読者に向けたメッセージにしたい。

 

20代、30代の読者の皆様が、これから住宅をどう選ぶか、家を持つか持たないか、都市に住むか地方に住むか。
これらの選択を前にして、本連載はどのようなメッセージを残したいか。

 

第一に、家を持つ自由、持たない自由、選び直す自由のすべてを大切にしてほしい。親世代の常識、家を持つことが一人前の証、に縛られる必要はない。かといって、家を持たないことが正しいというわけでもない。自分の人生のライフプランを真剣に考え、その上で住まいの形を選ぶ。そして、必要があれば選び直す。これが新しい時代の住まい方である。

 

第二に、AIを賢く使ってほしい。AI は予測コストを劇的に下げる技術である。住まい選びにおいても、AVM、レコメンド、リスク予測といったツールを使いこなせば、親世代では不可能だったレベルの情報量で意思決定ができる。
ただし、AI に判断を委ねないでほしい。判断は自分の価値観で行うものであり、AIはその材料を整える道具にすぎない。

 

第三に、制度は変えられるものだと知ってほしい。本連載で論じてきた住宅金融、税制、登記、宅建業法。これらは現在の形が永遠に続くものではない。皆様の世代が政治家になり、官僚になり、企業のリーダーになり、消費者として声を上げることで、制度は10年、20年、30年のスパンで変わっていく。未来の制度設計者は、皆様自身である。

 

第四に、住まいを通じて人生を主体的に生きてほしい。住まいは人生の入れ物ではなく、人生の伴走者である。仕事を変えるとき、家族の形が変わるとき、健康状態が変わるとき、心が変わるとき、住まいもそれに応じて変わってよい。住まいに人生を合わせるのではなく、人生に住まいを合わせる。この主体性を、若い世代から取り戻していってほしい。

 

第五に、自分の可能性を、自分で解き放ってほしい。
UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.
この英語の表現は、本連載のもう一人の筆者である濱中が経営する株式会社property technologiesのコーポレート・メッセージである。そして、これは若い世代に向けた、本連載全体からのメッセージでもある。

 

あなたの可能性は、もともと存在している。それを閉じ込めているのは、住まいの不自由、制度の硬直性、社会の常識、そして時に、あなた自身の中にある「これが普通だ」という思い込みである。鍵を開けるのは、あなた自身の決断である。ライフステージに応じて住まいを選び直すこと、新しい場所で新しい仕事に挑戦すること、家族の形を自分で選ぶこと、失敗してもまた立ち上がること、自分の本当に望む生き方を追求すること、これらすべてが、あなたの可能性を解き放つ実践である。

 

私たちPropTech-Lab は、その実践を、技術と制度の両面から支えるために存在する。私たちが整える基盤の上で、あなたが自分の人生を解き放っていく。そういう関係性を、これからも社会の中で築いていきたい。

 

結びに——本連載の到達点:UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.

本連載を貫く決め台詞を、最終回の結びとして再宣言する。本連載冒頭で三つの命題として掲げたものに、第四の命題を加えて宣言したい。

 

 

PropTech は住宅市場を変える。しかし、PropTech だけでは住宅市場は変わらない。

 

住宅流動性は、社会が人生の変化をどれだけ許容するかの指標である。

 

住まいの自由は、生き方の自由である。

 

そして住まいの自由は、人生の可能性を解き放つ。

 

 

UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.

テクノロジーで、人生の可能性を解き放つ。

 

 

第四の命題は、本連載の母体である株式会社property technologiesがコーポレート・メッセージとして掲げてきた言葉である。そして本連載を最後まで読み進めてきた読者には、この英文一行が、単なる企業のキャッチコピーではないことが伝わっているはずだ。それは、本連載全体が辿り着いた到達点を、最も簡潔に言い切った言葉である。

 

なぜ「人生の可能性を解き放つ」なのか

本連載は、住宅市場の流動性という問題から出発した。しかし議論を進めるうちに見えてきたのは、流動性の問題が住宅市場に閉じる問題ではない、ということであった。

 

仕事を変える自由、家族の形を変える自由、子育ての場所を選ぶ自由、親を看取る場所を選ぶ自由、老後をどこで迎えるかの自由、新しいことに挑戦する自由、失敗から立ち上がり直す自由、これらすべてが、住まいという基盤の上に成り立っている。住まいが固定されると、これらの可能性も固定される。住まいが動けるようになると、これらの可能性が動き始める。住まいの自由とは、人生の可能性そのものの自由なのである。

 

UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.  鍵を開ける、という比喩

「UNLOCK」という英語の動詞は、「鍵を開ける」という意味である。この比喩は深い。人生の可能性は、もともと存在しているのである。それが「閉じ込められている」「鍵がかけられている」状態にあるだけだ。鍵を開ければ、可能性は解き放たれる。

 

何が鍵をかけているのか。本連載を通じて見てきたように、鍵をかけているのは、住宅金融、税制、登記、宅建業法、空き家対策法、中古住宅市場の薄さ、建物価値評価の歪み、住宅履歴情報の未整備、そして「家は一生もの」という常識である。これらの一つひとつが、人生の可能性を閉じ込める鍵になっている。

 

そして、鍵を開けるための道具が、本連載で論じてきた要素群である。タスク代替の経済学、AIマップ、予測・判断・責任の三層構造、住宅金融の中立化、住宅履歴情報のデジタル化、英国 Right-sizing、シンガポール HDB、米国エスクロー、スマートメーターによる空き家特定、Walkability Index、PropTech-Labの四つの活動軸。これらは、それぞれが人生の可能性を解き放つ鍵の一つひとつである。

 

企業の使命と研究の使命が一つになるとき

本連載のもう一人の筆者である濱中が経営する株式会社property technologiesは、「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.~テクノロジーで人生の可能性を解き放つ~」を企業の使命として掲げ、日々の事業を営んでいる。中古住宅の買取、リノベーション、AI 査定モデル「KAITRY」、グループ会社による多面的な住まい関連サービス。これらすべては、住み替えの摩擦を減らし、消費者が「もっと自由に選び直せる」体験を作り上げるための実装である。

 

清水が所長を務めるPropTech-Lab は、この実装の上に研究の知見を結びつけ、より広い社会変革へと展開する役割を担う。研究、実装、提言、対話。四つの活動軸を通じて、企業の使命と研究の使命を一つにする場として、PropTech-Lab は機能する。

 

私たちが本連載で目指したのは、こうである。日本社会が抱える住宅市場の構造的問題を、学術的な厳密さで診断し、産業横断の視点で広げ、具体的な制度改革と実装へと接続し、そしてその全体を「人生の可能性を解き放つ」という一点に収斂させる。そのストーリーが、第2回から第8回までの議論の軌跡であった。

 

未来は、私たちが解き放つ

最後に、もう一度確認しておきたい。人生の可能性は、もともと存在しているのである。それを解き放つ役割は、社会全体にある。政治家、官僚、企業のリーダー、研究者、メディア、消費者、若い世代、すべての社会の構成員が、それぞれの場所で、それぞれの方法で、鍵を一つずつ開けていく作業に参加する。

 

PropTech、AI、制度改革、文化の更新、これらすべては、今日からでも始められる仕事である。私たちPropTech-Labも、研究、実装、提言、対話の四つの活動軸で、日々この未来に向けて歩みを進めている。読者の皆様も、自分の人生の中で、自分のできる場所から、この未来づくりに参加していただきたい。

 

家は、もう少し軽くしていい。人生は、もう少し自由になっていい。そして社会は、もう少し人に伴走してくれていい。 そして何よりも、あなたの可能性は、解き放たれていい。

 

そう信じて、この言葉を皆様に贈りたい。読者の皆様との対話は、ここから始まる。

 

UNLOCK YOUR POSSIBILITIES.
テクノロジーで、人生の可能性を解き放つ。

 

 

濱中 雄大(株式会社property technologies 代表取締役社長/PropTech-Lab 主宰)
清水 千弘(一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科 教授/PropTech-Lab所長)

 

【参考・引用文献】

  • 清水千弘・西村清彦・浅見泰司 (2004).「不動産流通システムのコスト構造」『季刊住宅土地経済』No.51, pp.28–37.

  • Badarinza, C., Ramadorai, T., & Shimizu, C. (2021). Gravity, counterparties, and foreign investment. JFE.

  • Hill, R., Hirano, T., & Shimizu, C. (working paper). Beyond the bubble.

  • Inoue, T., & Shimizu, C. (working paper). Durable mismatch.

  • Deng, Y., Inoue, T., Nishimura, K. G., & Shimizu, C. (forthcoming). Too many houses, too few people. Housing Studies.

  • Saiz, A. (2020). Bricks, mortar, and proptech. Journal of Property Investment & Finance, 38(4), 327–347.

  • 清水千弘 (2022).「不動産流通市場の進化、電子取引は市場に何をもたらすのか」『季刊住宅土地経済』.

  • Stilgoe, J., Owen, R., & Macnaghten, P. (2013). Developing a framework for responsible innovation. Research Policy, 42(9), 1568–1580.

清水 千弘

PropTech-Lab所長

一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長。1994年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授等を歴任。
2022年1月より、当社グループ参画。社外取締役を経て、2024年7月より、当社研究・開発組織『PropTech-Lab』所長に就任。

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